【蔵元インタビュー】せんきん薄井一樹さん「難しいことをいかにシンプルにするかが大切」

それまで「端麗辛口」が日本酒の美味しさの代名詞だった時代に、タブーとされていた「甘酸っぱさ」のある新しい日本酒の味わいを知らしめた。それが株式会社せんきん11代目で専務取締役の薄井一樹さんです。ソムリエスクールを卒業後、ソムリエ講師として活躍していたからこその発想。しかし、伝統を重んじる日本酒の世界でなぜそこまで大胆な改革をすることができたのでしょうか。

ただ「甘酸っぱい日本酒を作れば売れる」ではない、せんきんのスキームをすべて変えた結果

そう問いかけると、薄井さんは「ワインのような日本酒を造ろうと思ったわけではないのですが」と前置きしたうえでこう答えてくれました。

「当時の日本酒マーケットの味わいは端麗辛口が主流でしたが、そうした日本酒を造りたくないという想いはありました。時代の流れを読む中で飲み手が変化しており、若い人も日本酒を飲むようになっていることに気づきました。当時はペアリングという言葉はなかったのですが、今後日本酒の楽しみ方が変わっていく予測があって。もちろん、自分がワインスクールの講師などをやっていたこともベースにあったのかもしれません」(薄井さん)

当時の端麗辛口の日本酒は和食との相性はよかったけれど、今後世界の料理とも日本酒を合わせていく機会が増えるかもしれない。そう考えると、「このままでは難しいのではないか」と薄井さんは感じたのだそう。

「『酸味』は食べ物とお酒の接着剤になると考えました。そこで酸味を強く出していく設計に日本酒造りを切り替えたのです。とはいえ、この試みは単に『甘酸っぱい日本酒を試験醸造してみよう』とかそういうレベルではなく、せんきんとしてのスキームを父の時代からすべて変えた施策のうちの一つでした。当時はブランディング・マーケティング・パッケージや流通や商流などすべてを180度変えなければ存続できないレベルだったので」(薄井さん)

端麗辛口が主流の時代。どうしても普通なら「主流の端麗辛口で美味しい日本酒を」と考えてしまいがちだが、薄井さんはあくまで冷静にマーケットを見据え、「いま端麗辛口を追いかけても成功しない」と考えました。

「酒造りを10年以上やって極めていればありだったかもしれませんが、うちみたいな自然な方向にふっていく思想の蔵では端麗辛口ではうまくいかなかったと思いますし、今考えてもやらなくてよかったと思います」(薄井さん)

そうしたせんきん全体のブランディングを考える中で、思い描いた味はすぐに再現できたというからすごい。当時は今より粗削りな味わいだったと振り返るが、今もコンセプトは変わっておらず、少しずつ理想の味に近づけて修正しながら今の味わいが実現しています。

唯一の苦労は財務……良いものを造ることで脱却できた

改革を進める中で、「苦労や迷いはなかった」そうだが、唯一苦労したと話すのは「財務面」。

「新しい味を造るとか、新しい決断をしないといけないという意味での苦労はなかったのですが、財務面では非常に苦労しました。普通酒は利益率が低く、大量につくって大量に売ることによって利益が出る仕組み。しかしうちのような規模の酒蔵では普通酒づくりは一番儲からないんです」(薄井さん)

しかし薄井さんの改革以降、売上は右肩上がりに。なんと20石から2000石まで100倍にも製造数量がアップ。その結果、気づけば収益が得られる体質になっていたのです。良いものを作ることに集中することで、結果的に財務面も解決できたといいます。

せんきんの素朴な疑問「次の日には味が変わっている……?」

そんなせんきんの日本酒は大好きで飲むことも多いのですが、他の日本酒と比べ開栓した次の日にはもう味が変わっているような気が……きちんと栓をして縦にして冷蔵庫に保存しているのに、です。

「うちの日本酒は、上槽のあとに何も加えていません。通常は日本酒が完成した後、タンクで数か月後貯蔵してから瓶詰にすることが多いと思いますが、うちでは搾ったら次の日には瓶に詰めます。そのため、全国で3本の指に入るくらい鮮度を重視している自身があります。抜栓してから空気接触の時間が長くなればなるほど、私たちが意図する味とは変わっているかもしれませんね」(薄井さん)

そのため、開栓後はできれば飲み切るか、バキュバンなどで空気を抜くとよいそう。

「とはいえ、ご家庭でバキュバンを使う方は少ないでしょうから、飲み切ってほしいですかね……。しかし今の時代に照らして考えると、720mlでも飲み切れない方が多いのかもしれません。今後は500 mlや300 mlのラインナップも検討していく必要があるかもしれませんね」(薄井さん)

薄井氏が考える「唎酒師」の役割

唎酒師を取得するための講座での講師も務める薄井さん。「唎酒師」の役割とはどうあるべきだと考えていらっしゃるのでしょうか。

「唎酒師という資格は第三者にとっての『安心すべきもの』だと考えています。たとえば知らないワインを選ぶ時にはソムリエに任せるのと一緒で、頼れる存在であるべきです。

その一方で、唎酒師というのは時代において役割が変わることは意識しておいてほしいですね。コロナ前後でも大きく変わりましたし、常に柔軟にフラットにあるべきだと思います。

日本酒マニアの人も大事な顧客ですけれども、そうではない人達にいかに日本酒の魅力を伝えるかが唎酒師に必要とされていることではないでしょうか。日本酒は醸造技術などを語り出すといくらでも難しくできてしまいますから。

だけど今の時代に伝えていくためには『難しいことをいかにシンプルにするか』が大切です。そうでないと多数あるコンテンツの中で弾かれてしまうと思うんです。そのためにシンプルで簡単な伝え方を心がけていくことが大事ですね」(薄井さん)

常に時代を読み、どう伝えていくかを考えることで日本酒の新しい魅力の幅を広げている薄井さん。これは唎酒師にとっても、また日本酒ファンにとっても大切な考え方ではないでしょうか。
どうしても難しく考えてしまいがちな「日本酒」というコンテンツですが、もっとシンプルにその魅力を発信するための方法を考えてみたいと思います!

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ライター紹介🍶

松本果歩
恋愛・就職・食レポ記事を数多く執筆し、
社長インタビューから芸能取材までジャンル問わず興味の赴くままに執筆するフリーランスライター。
お酒好きが高じて国際唎酒師の資格を取得、日本酒のお店でも働いています。
Twitter:@KA_HO_MA

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