茶の湯でお酒が出るってほんと?

お菓子で一服だけじゃない?!

戦国時代から安土桃山時代にかけて千利休が体系化した茶の湯。
茶の湯というと、お菓子を食べて抹茶を飲むこと、と思われている方が多いかと思いますが、それは茶の湯のほんの一部で、例えば大勢のお客様がいらっしゃる茶会や稽古の時だけなのです。

本来は、茶事という少人数のお客さまを招くことが茶の湯の主たる目的です。亭主は、お招きするお客さまにお手紙を出し、テーマに沿った道具を選び、庭木の葉一枚一枚まで拭き清め、炭をおこして湯を沸かし、旬の食材で料理を作り、温かいものは温かく、冷たいものは冷たく…とよいタイミングで給仕をし、そのあと、満を持してお菓子とお茶ということになります。お茶も濃茶、薄茶と出てきますが、通常は濃茶が先に出ることが多いので、すきっ腹に濃いお茶は良くないことから、一服の茶の前に食事が出てくるわけです。
その食事を“懐石”といい、そこではなんとお酒まで出てきます。

懐石と会席、どう違う?

茶事の料理を「懐石」もしくは「茶懐石」といいます。もう一つ、読み方は同じで字が違う「会席」もありますね。この二つには、大きな違いがあります。
「懐石」は「茶懐石」ともいうように、茶の湯のための料理です。一方「会席」は酒席の料理
多少流派により違いはありますが、料理の順番も懐石は、

飯・汁・向付→汁替え→煮物椀→焼き物(※追加で炊合せ和え物がでる場合も)→小吸い物→八寸→湯桶・漬物

一方会席は、

先付・八寸(※画像1)→椀物→刺身(向付)→焼き物→炊き物→止め肴(酢の物や和え物)→食事(飯・汁・漬物)

となり、いきなり肴から出てくることからも、酒席の料理とわかりますね。

※画像1:たくさんの肴が盛られた会席の八寸

懐石でも酒は提供されるが、ルールがきっちり決まってる

会席は、お酒を飲むための料理なので、最初からビールなり日本酒なりで始まり、足りなくなったら追加で頼むといった感じで、飲み方に関しては自由な感じですよね。
懐石でも実はお酒は出ます。ただし、ちょっと面倒なルールが控えています。流派にもよりますが、以下のようなタイミングでお酒が3回でてきます。

飯・汁・向付→(一献目)→汁替え→煮物椀→(二献目)→焼き物(※追加で炊合せ和え物がでる場合も)→小吸い物→八寸・(三献目)→湯桶・漬物

懐石のスタートは飯・(味噌)汁・向付の3点が盛られた折敷(おしき)というお盆で出てくるのが一般的です(※画像2)。
客はまず、ほんの二口三口で食べきれる炊き立てのご飯と(味噌)汁だけをいただき、一献目が出る前に向付には箸をつけてはいけません。ちょうどご飯と汁が食べ終わったころに、亭主は朱盃と燗鍋を持ち出し、お客ひとりひとりに酒を注いでいきます。お客のほうは、注がれたら一口飲んで、それから肴である向付に箸をつけます。

二献目は、メインディッシュである「煮物椀」が出されたとき。
“椀”と記しましたが、これは懐石での“菜”の一つで、汁物ではありません。具材も大き目で汁は通常の吸い物の半分程度です。煮物椀を出したら、亭主は燗鍋でお客様にお酒注いだあと、預け徳利と言って席中にお酒を置いて下がります。どうぞお客様同士で料理とともにお酒を楽しんでくださいという配慮です。

三献目は、亭主とお客様が一緒にお酒を楽しむシーン。海のもの、山のものを載せた八寸という肴とともに、主客が注ぎつ注がれつする姿が、千鳥の飛び交う姿のようなので、「千鳥の盃」ともいいます。(※画像3、4)

※画像2:折敷の乗った飯、汁、向付

※画像3:茶懐石の八寸。会席の八寸と違い、シンプル。
海のもの(動物性全般。魚介という意味ではない)と山のもの(植物性のもので、山菜などばかりではない)の2種を通常盛り付けてある。

※画像4:主客が注ぎつつ注がれつする、千鳥の盃

茶事における盃事とコロナ

一服のお茶の前に、なぜこのような盃事が行われるかというと、それはやはりお酒はコミュニケーションツールとして優れているからというほかありません。
亭主はすべてのお客さまを知っていても、お客さま同士が必ずしも知り合いということもないので、濃茶の前に、料理やお酒でリラックスして打ち解けあうことは一座建立の上でも大事なことなのです。
さて、茶事では、濃茶は一つの茶碗で飲みまわし、料理も取箸を共有して取り回しますし、千鳥の盃に至っては、正客(主賓)の盃で注ぎつ注がれつするので、現在では考えられません。今まで書いてきたことはコロナ前のお話です。
現在は、やっと茶事もぼちぼち再開されているようですが、濃茶は各服だてになり、料理も取り回しではなく銘々皿などにいれてお出ししたり、千鳥の盃はなしで、お酒は各々の盃で召し上がっていただくなど、各流派工夫をこらしながら、やっておられるようです。
大きな社会変動の中で、何百年も続いてきた茶の湯はこれからどんな変化を遂げていくのでしょうか。時代に呼応した盃事をこれからも茶事を通して見つめていきたいと思います。

ライター紹介🍶

入江亮子
懐石料理「温石会」主宰。四季をいかした懐石料理・江戸料理・郷土料理・精進料理・節句料理を教えるほか、茶懐石の出張、地域の特産品開発、メニュー開発などを行っている。
日本酒利き酒師・日本酒学講師・酒匠として、日本酒と料理のマリアージュも数多く提案。カルチャースクールなどでの日本酒講座も多数。
2019年グルマン世界料理本大賞MATCHING FOOD&DRINK;部門で「八寸・強肴に困らない本」がグランプリ受賞。「茶事の懐石料理がホントに一人で作れる本」がASIA TEA部門で3位と2冊入賞。
ホームページ:https://onjakukai.com/

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