山廃とは?生酛との違いなどについて、知識が深まる解説!
こんにちは!日本酒のきき酒師の漫才師「にほんしゅ」の北井です!
今回は日本酒に少し詳しくなってきた時に出くわすワード「山廃仕込み(山廃酛)」について解説いたします。
この“山廃仕込み”がどんなものかわかるまでには、ある程度順を追っての理解が必要になりますが、わかってしまえば日本酒の製法についての知識がかなり深まります。「知識もつけながら飲んで、日本酒を一生の趣味にしちゃうぜ!」という段階へ進みたい方はぜひ読んでみてください。
まず「酒母(酛)」とは何か?
「酒母造り」という日本酒造りの中で非常に重要な工程があるのですが、「山廃仕込み」は酒母造りのやり方の1つです。
酒母とは、小さな酒母用タンク (200kg程度) 内に、蒸米、麹、水を投入し、酵母を培養した液体のことです。日本酒の基本的な原料がこの段階で全て入っていて、アルコール発酵もスタートするということで、文字通り「酒の母」と呼べる重要なステップなのです!
酒母の次の工程が「もろみ(醪)造り」です。酒母タンクからもろみ用の大きなタンクに移されて蒸米、麹、水を追加投入して量を増やし、本格的なアルコール発酵をしていきます。ということは、、、
「もろみ」は「酒母」でできた健全な酵母や基礎的な味わいがあってこそ、順調に完成していくのです!
このもろみが完成したら日本酒(液体)と酒粕(個体)に分けまして、お酒がおんぎゃー!と誕生します。ですので酒母がうまくできたかどうかの責任はとても重大なのです。もう一度言います。酒の母が酒母なのです!
そして酒母造りの主な目的は、アルコール発酵に欠かせない“健全な酵母”を培養することです。
「アルコール発酵」とは微生物の酵母が糖分を食べてアルコールと炭酸ガス(二酸化炭素)を生み出すことですので、とにかくこの酵母の質やコンディションがお酒の質を大きく左右するのです。
まさに酒造りの主役が酵母!いろいろとややこしいことを言っておりますが「強い酵母をたくさん育てる!」というのが酒母造りの肝となります。
酵母増殖中の酒母
酵母は他の微生物と一緒だと淘汰されやすい微生物ですが、 微生物なのに「酸性に強い」という特殊能力的なものを持っています。 他の微生物の多くは酸性環境下では生きられないので、酒母用タンク内を酸性にすれば、雑菌は排除しつつ酵母の増殖に都合が良い環境となるんですね!
「酵母1人勝ち状態」をつくりたい!ということで、酒母造りはまず酒母用タンク内を酸性にすることから始まります。
酒母造りはまずこの2パターンを覚えよう!速醸系酒母(乳酸添加法)と生酛系酒母(乳酸菌育成法)
酒母を酸性にするには、主に乳酸が用いられます。 醸造用乳酸と呼ばれる液体状の乳酸を添加する手法 (速醸系酒母)と、乳酸菌を育成して、乳酸菌の生成する乳酸を取得する手法(生酛系酒母)に大きく分けることができます。
明治時代以降、微生物の存在や意味が化学で分かってきます。少々乱暴な言い方ですが「酸性にすることが大事なら醸造用の乳酸を入れてすぐに酸性にすればいいじゃない!」というのが「速く醸す酛」と書いての速醸酛の製法ですね。
生酛系酒母は、 速醸酛が開発される前から行われてきた伝統的な手法です。生酛系酒母は「生酛」と「山廃酛」に分けられます。
日本酒の90%は速醸酛でつくられている!速醸系酒母の特徴
速醸系酒母では、 醸造用乳酸を添加することにより酒母用タンク内をすぐに酸性化できます。安全に酒母造りを進めることができるとともに、時間的にもコスト的にも効率が良いという、まさに現代的な製法です。 さらにさまざまな微生物の活動を抑制できることから、軽快な酒質に仕上がりやすくなります。
現在市場に出回るおよそ90%の日本酒が速醸系酒母で造られています。
「生酛」や「山廃」などとラベルに書かれていない日本酒のほとんどは「速醸酛」で仕込まれた日本酒だといえるでしょう。
近年価値が見直され、古豪復活の気配漂う伝統的手法!生酛系酒母の特徴
生酛系酒母は、速醸系酒母と比較して時間、コスト、手間がかかりますが独自の魅力が見直されています。
この手法では、 乳酸菌が生成する乳酸だけでなく、硝酸還元菌が生成する亜硝酸のほかさまざまな微生物が関与することによって不要な微生物を淘汰するのです。
手間暇がかかり、一定の酒質を得るためには高度な技術を要するため「生酛や山廃をうちの蔵でも復活させたいけどちょっとまだ踏み切れないんですよ」ということをおっしゃる酒蔵の方もいらっしゃいます。
しかし、速醸酛系酒母にはない魅力があるのも確かです!生酛系酒母で造られた日本酒は乳酸の含有量が高く、酸度が高くなることや、 乳酸菌がアミノ酸やペプチドを分泌すること、さらにはアルコール耐性の高い酵母だけが生き残ることで、活発なアルコール発酵が行われるなどの理由から、速醸系酒母よりも濃醇な酒質が得られるのです。
ただし!ここがちょっと要注意ポイントです!生酛仕込みや山廃仕込みで有名な日本酒の中には生酛仕込み、山廃仕込みという「製法の要素」の他に、一定期間熟成させてから出荷したりすることで、そもそも濃醇な酒質をゴールとしているものも多いのです。
「生酛や山廃=濃醇!燗酒!」という図式で覚えがちだったりするのですが、決してそうとは言い切れません。
「重い」「飲みにくい」という意味の濃醇さではなく、軽快な香味成分が多様(多層)に存在する、 つまり「繊細だけど深みがある」というような、相反する要素を備えた酒質が生酛系酒母の本質的な特徴といえるのです。
近年は冷酒で飲んでも美味しい「フレッシュで軽快な酸味!、、、でも深みもあるなぁ」という立体的な味わいの魅力を持った生酛・山廃酛のお酒も増えてきています。
酒母の分類
生酛の要領の良い弟が山廃酛!?製法の違いとは
長々と前段階のお話をしてきましたがようやく本丸です!「生酛と山廃酛の違い」について解説いたします。
・生酛の製法
半切りという浅い桶に、酒母の原料である蒸米と麹、水を加えて混ぜ合わせた後、半日から1日経った時点で蒸米を、櫂棒という棒で摺り潰す作業を数回行ったものを「生酛」と呼びます。
これは明治時代まですべての酒母造りで行われていた手法となります。 酒造好適米のような日本酒造りに適した米も少なく、精米技術も発達していなかった時代では、硬く大粒の米を使用するしかなく、米が糖化 (溶解)するのに時間が必要で、常に不要な微生物が繁殖するリスクを伴っていました。
そこで、米の糖化 (溶解)を早めるために酒母用の蒸米を摺り潰す「山卸し」 と呼ばれる作業を行っており、この作業を行ったものを「生酛」と呼ぶようになりました。
まさに手間暇のかかる製法ですね!
山卸し
・山廃酛の製法
明治に入って国立醸造試験所が開設されると、 この重労働の「山卸し」を解決すべく、化学的な視点から酒造りの研究が進んでいきました!
その結果、糖化力の強い麹を造る手法が開発されたり、軟らかい酒造用の米が登場したり、精米技術が発達したことなどの理由により、人の手をかけて米をすり潰す「山卸し」の必要性が薄れたという推論が1909(明治42)年に発表されたのです!
「山卸し」の必要がなくなるということは、洗濯でいうと毎日洗濯板で1枚1枚洗濯していたところ、全自動洗濯機が突如登場したぐらいの驚きだったのではないでしょうか。
これにより、 多くの酒蔵が山卸しを廃止するようになり、この手法を「山卸廃止酛」、略して「山廃酛」と呼ぶようになります!略だったんですね。
「山廃」という字を初めて見た人が「さんぱい」と読むことがあったりしますが、お酒は産業廃棄物ではありませんので、読み方や「山廃」が誕生した経緯を優しく教えてあげてくださいね。
こうして山卸しを行う生酛より、 山廃酛にシフトする酒蔵が増加しますが、 何より化学の視点が入ってからは進化が早いんです!
山廃酛が開発された翌年!1910(明治43)年に速醸系酒母が開発され、速醸系酒母が酒母造りの主流となっていきます。
「山卸しやめてもいいお酒ができるぞー!(山廃酛誕生)」の翌年には「じゃあ乳酸をつくって投入したらもっと早いんじゃない?(速醸酛誕生)」という流れだったのですね。
大切なのはどの製法にも良さや特性があるということです。こうした技術が開発されて100年以上経った現代は各酒蔵ごとに「こういうお酒をつくりたいから」「こういうメッセージを伝えたいから」など、さまざまな思いを持って製法を選択する時代となりました。
まとめ!山廃仕込みの楽しみ方
いかがでしたか?日本酒の用語の中でも非常に理解するまでが難しい「山廃仕込み」ですが、魅力や個性が少しでも伝わりましたら幸いです。
山廃仕込みの日本酒は旨味成分が多く、燗酒に向くものが多いので、温度や旨味を同調させて、おでんや寄せ鍋などの鍋物と合わせると日本人には堪えられない組み合わせになるでしょう。器は陶器製のお猪口やぐい呑みを使うとより味わいがふくよかに感じると思います。
さらには前述したように、フレッシュで軽快な酸味ながら深みのあるタイプの山廃仕込みの日本酒も増えてきていますので、そうしたタイプは冷酒でワイングラスで飲むのもオススメです!
味わいを一言で語るのは難しい山廃仕込みの今!酒屋さんや居酒屋さんで店員さんとコミュニケーションを取りながら、お気に入りの山廃仕込みの日本酒を見つけてみてはいかがでしょうか?
今夜は日本酒で乾杯!皆さんも酔い夜を。
【参考】
・『新訂 日本酒の基』(NPO法人FBO)
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ライター紹介🍶
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北井一彰
『日本酒のきき酒師の漫才師「にほんしゅ」』として、相方のあさやんとともに全国のお酒にまつわるイベントでの日本酒漫才披露や司会、セミナー講師、各種メディア出演、コラム執筆などの活動を続ける。
【食卓には日本酒。話題には漫才師にほんしゅ。】を目標に、日々進化し続ける日本酒に追いつけるように奮闘中。
official website:http://nihonshu-
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