HOME 記事 旅・グルメ ー京都ー秀吉ゆかりの地の「伏し水」ー玉乃光酒造ー ー京都ー秀吉ゆかりの地の「伏し水」ー玉乃光酒造ー 2021.09.21旅・グルメ 日本各地のお酒やグルメなどの旅行情報をご紹介するさけぱるの「旅」シリーズ。今回は京都市伏見区にある「玉乃光酒造」を訪ねます。 京都伏見を訪れた人の多くは、『日本書記』に「山城国俯見村」(やましろのくにふしみむら)と記された古からの長い歴史、そして自然が育んだ豊かな湧水を思い浮かべるでしょう。 銘水を生む地「伏見」 語呂合わせのようですが、京都伏見は「伏し水」が語源といわれるほど、昔から良質で豊富な地下水に恵まれました。 今でも御香宮の境内にこんこんと湧き出る環境庁(現・環境省)が認定した「名水百選」の一つ「御香水」をはじめ、町中に「伏見七ツ井」が点在し、名水が湧出する場所として知られています。 平安時代には貴族たちの別荘が多くおかれた風光明媚なこの地には、安土桃山時代になると豊臣秀吉が伏見城を築き、名水をくみ上げて千利休とともに茶の湯を楽しんだといわれています。 また、この豊かな水脈に目をつけた秀吉は、伏見を中継地として京と大坂を結び、なにわの町を活性化させるために「淀川水運」を整備しました。 江戸時代には淀川に旅客専用の「三十石船」(さんじゅっこくぶね)が登場。今でも観光船として運航していますので、ぜひ乗船して古い町並みに思いをはせてください。 幕末になると、伏見は坂本龍馬など勤王の志士たちが活動する、近代日本の夜明けの舞台となりました。 歴史のドラマを見守ってきた酒蔵「玉乃光酒造」 そんな歴史のドラマが繰り広げられた伏見において、戦国時代から幕末まで日本の歴史と文化の趨勢をみてきた、名水の地を代表する酒蔵が「玉乃光酒造」です。 1673年(延宝元年)から続く玉乃光酒造は、業界に先駆けて「純米酒」を復活させました。米と水と麹だけを使い、時代に左右されることなく、ただ良い酒を造るという心意気で、約350年もの長きにわたって酒造りに取り組んできたそうです。 目指したのは飽きの来ない酒、食事を引き立てる定番酒。派手な酒ではないといいますが、「手造り品質第一主義」を掲げ、篤農家との契約栽培や自社精米など、田植えの仕方から自身で米を磨くことにまでこだわっています。 大型の機械を使わずに手造りした麹で、昔ながらの蒸し器「甑」(こしき)を使い、原料米を40%以上磨く純米吟醸酒以上の酒造りを信条として、高い品質の酒を生み出してきた老舗の酒蔵です。 こだわりの製法で醸された純米酒「玉乃光」、食事に合わせてみたくなりますね! 伏見で醸される酒は、そのやわらかくまろやかな味わいから「灘の男酒」に対して「伏見の女酒」と称されます。伏見の酒造りにとって重要な水源地一帯は、伏見城跡をはじめ、明治天皇伏見桃山陵、桓武天皇柏原陵、日露戦争の英雄・乃木希典を奉ずる乃木神社、そして日本三大稲荷である伏見稲荷大社に守られてきました。 伏見の地下水は、鉄分が極めて少なくカリウムやカルシウムを含む中硬水で、発酵もおだやかに進む最適な水といわれています。 コロナ禍で実際に訪ねることががままならないこの時期、伏見の酒を飲みながら、歴史の舞台で活躍した人々や、その間もずっと酒造り一筋にかけてきた人々の往来に心を遊ばせてみてはいかがでしょうか。 玉乃光酒造をもっと詳しく知りたいという方は、こちらの蔵元インタビュー動画をどうぞ 【文章引用元】 ・交通新聞 2021年2月26日発刊『美酒漫遊の旅㉟ 秀吉ゆかり京都「伏し水」』より 【参考URL】 ・交通新聞電子版 https://news.kotsu.co.jp/ ・玉乃光酒造(京都市伏見区)http://www.tamanohikari.co.jp/ 【注意事項】 ・記事、データ等の著作権その他一切の権利は日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)に帰属します。 ・記事・データ等は予告なく変更する場合がありますのでご了承ください。 ライター紹介🍶 さけぱる編集部 唎酒師の認定団体であるSSIの広報室所属アラサーチームで構成されている、さけぱる編集部です。私たちのような世代の皆さまが、お酒をもっとお洒落に気軽にスマートに楽しめるよう、たくさんの素敵な情報をお届けできるよう頑張ります🍶 Tweet Share RSS この記事のタイトルとURLをコピーする 旅・グルメ 日本酒と料理の合わせ方のコツ- 日本酒の上手な保存方法とは